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アマチュア無線局 『7L4CWLのページ』 の管理人Nobの日記です。 趣味の映画鑑賞、旅行・ドライブ、お城巡りなど無線以外の話題も適当に書きます。

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JR仙石線・野蒜駅(震災遺構)

津波で被災した東松島市の玄関口であったJR野蒜駅は街ごと高台に移転し、旧駅舎は『東松島市震災復興伝承館』として一般公開されています。駅の裏側は昨年『震災復興祈念公園』としてオープンしました。
米軍のトモダチ作戦で瓦礫が撤去された駅でもあります。
松島観光の際には隣町の東松島(奥松島)にもぜひ立ち寄ってみてください。

NobiruSt_2104a.jpg

NobiruSt_2104c.jpg


▽続きを読む▽
2021/04/03 14:00|奥松島TB:0CM:0

震災10年後の東松島市宮戸室浜

親父の故郷であった宮城県東松島市宮戸島の集落は津波で壊滅し、実家も老後の帰郷のために親父が建てた家も跡形も無くなりました。
現在は整地されて水産作業用の倉庫が立ち並び住居は山を削った高台に移転しました。住居と仕事場を分離する政策ですが、多くの漁師が廃業し人口は3分の1に減りました。住民の姿は皆無で出会うのは釣り人ばかりです。
風情があった漁師町の姿は戻りませんが、今後も津波は繰り返し来襲するわけですから命を守るためには仕方がない策だとは思いますが、切ない光景です。
震災後10年で奥松島地域の復興工事も8割くらい進んだかなという感じです。

murohama_2104a.jpg

murohama_2104c.jpg


▽続きを読む▽
2021/04/03 12:29|奥松島TB:0CM:0

奥松島・宮戸島小室崎

本日は親父の一周忌法要を無事に終えました。
良く晴れて海も穏やかだったので奥松島(東松島市)の海辺を散歩しました。
写真は宮戸島の室浜の先にある小室崎から石巻湾側の風景です。

OkuMatsushima_21b.jpg

OkuMatsushima_21a.jpg
2021/04/03 12:00|奥松島TB:0CM:0

室浜も仮設住宅完成(東松島市)

奥松島(宮城県東松島市)の宮戸室浜も仮設住宅が完成しました。
親族が入居したので、13日に墓参りの後、お見舞いしてきました。
室浜と潜ヶ浦の間で両方向からの津波が達しなかった高台に建設されました。
入居できたのは室浜にあった世帯の半分以下の30世帯弱です。
建設が遅れたので他の世帯は民間アパートを借りたり、
先に完成した内地の響工業団地の仮設住宅に移ってしまいました。
とりあえず、お盆までの入居は間に合いました。
Murohama1108c.jpg Murohama1108d.jpg

室浜・・・
大規模半壊で残っていた家屋も解体され、瓦礫もすべて撤去されていました。
今は半壊した家屋が5軒ほど残っているだけです。
約70軒あった家屋の9割が津波で流されたことになります。
ちなみに宮戸での瓦礫の撤去は室浜が一番早かったようで、
大浜と月浜は瓦礫がまだ多く残っています。
Murohama1108a.jpg Murohama1108b.jpg

瓦礫は野蒜駅へ向かう途中の運動公園などに山積みされています。
Miyato1108a.jpg Miyato1108b.jpg

地域の再生とか個々の生活再建など復興の目途は全く立っていませんが、
仮設住宅に入居したことで精神的には一段落ついたようです。
それまでは家族でも殆ど会話もなかったそうですが、仮設に入って笑顔も出るようになりました。

瓦礫は撤去されても国の方針が定まらないので元の場所に家屋を建設することはできません。
奥松島という特別名勝の指定区域でもあり、高台移転にしても多くの問題があるようです。

法的・物理的・財政的に実現の見通しが立たない復興計画をただ待つわけにもいきません。
生活保護を受けることも可能なのだが、
先祖代々地域の名産品を全国向けに生産してきた自負があり、
なんとか漁業を復活しようと頑張っています。
牡蠣の養殖は小規模ながら地域共同で再開していますし、
海苔の養殖も僅かに残った修理可能な製造機・乾燥機を使って
共同で再開する計画をしているそうです。

本当に東北の人々の我慢強さ、力強さ、根性には感心します。
都市部では五体満足でも働く気が無く、
生活保護費を使って遊興三昧の者が増えているようで、
彼らには東北の人々の精神を見習ってもらいたいものだ。

私も微力ながら奥松島が漁業と観光で復興する姿を見守っていきたいと思います。

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2011/08/16 22:29|奥松島TB:0CM:3

震災100日後の奥松島・月浜

宮城県東松島市宮戸・・震災100日後の月浜の様子・・・

小さな入江の窪地に家屋が集中していたため、津波で集落全体がほぼ壊滅状態でした。
宮戸島の4つの集落のうち、ここが最も被害が大きいように見えました。
風光明媚で民宿が多い地区でしたが、凄まじい被災状況でした。
航空写真では残っている家屋が少しあるように見えましたが、現地に行ってみると2階部分や屋根のみが地面に落ちている状態でした。高台に立っている家屋のみが無事のようです。
月浜入口にある「民宿・山根」は裏の高台側に合わせて立てており、海岸側の柱が折れなかったため無事のようです。
Tsukihama201106a.jpg

Tsukihama201106b.jpg

↓月浜の様子

▽続きを読む▽
2011/06/23 22:12|奥松島TB:0CM:0

震災100日後の奥松島・大浜

宮城県東松島市宮戸・・震災100日後の大浜の様子・・・
津波で集落全体がほぼ壊滅していました。
路上の瓦礫は撤去され、水没した道路も仮復旧して車の通行は可能になっていました。
漁業と観光の風光明媚な集落でしたが復興の目途はまったく立っていません。

Ohama201106z.jpg
↓大浜地区の様子

▽続きを読む▽
2011/06/22 23:13|奥松島TB:0CM:0

震災100日後の奥松島・室浜

宮城県東松島市宮戸・・震災100日後の室浜の様子・・・

ここは広場(バス停があった付近)です。
4月は瓦礫で足を踏み入れることさえできませんでしたが、
今は路地の瓦礫は殆ど撤去されて海岸まで行くことができます。
Murohama2009a.jpg Murohama201106a.jpg

Murohama201106b.jpg Murohama201106c.jpg

▽続きを読む▽
2011/06/21 23:04|奥松島TB:0CM:0

高速1000円終了!最終日は宮城へ

6月19日で高速道路の休日上限1000円が終了しました。
最終日は奥松島(宮城県東松島市)に行ってきました。
今回は八王子から新潟経由でポッキリ1000円にしました。

宮戸島最寄り駅の【野蒜駅】・・・
米軍のソウルトレイン作戦で瓦礫は撤去されたものの復旧の目途は立っていません。
仙台から塩竃あたりまでは開通したらしいですけど、不通区間は代行バスしかありません。
Nobiru201106a.jpg Nobiru201106b.jpg

隣りの【東名駅】・・・
ここも瓦礫と捲りあがった線路が撤去されてましたが、復旧できる気配もありませんでした。
Tona201106a.jpg Tona201106b.jpg


▽続きを読む▽
2011/06/20 22:34|奥松島TB:0CM:0

ソウルトレイン作戦

昨日、在日米軍と自衛隊が共同で「ソウルトレイン」
という作戦を開始したというニュースが流れていました。

魂を込めて不通になっている列車を通そうというものらしいです。

参加したのは米軍40名と自衛隊16名で、
JR仙石線の「野蒜駅」の瓦礫撤去からはじめて、
隣りの「陸前小野駅」を合わせて29日まで行われるという。
それでも仙石線の全面復旧の見通しは立っていないようです。
仙台方面の隣り駅である「東名駅」も酷い状況ですよね。

野蒜駅は列車が流されたことで注目され、翌日にはTV各局が上空からの生中継をおこなっていました。
街全体が壊滅状態だったので、1か月以上経っても駅は手が付けられていなかったのですね。

東北新幹線の復旧は全力でやっているようですが、
それより在来線の復旧のほうが現地の人々にとっては重要だと思いますけどね。

それにしても野蒜駅なんて海から離れているのにこんな状況になるとは驚きました。
震災当日に仙石線の列車が消息不明だというニュースは聞いていましたが、
ネットで調べて、それが父の実家の最寄り駅である野蒜駅付近だと知った時は大ショックでした。

津波は野蒜海岸の巨大な防波堤を破壊して広大な松林をなぎ倒して東名運河を越えて野蒜駅を飲み込んだということでしょうから、野蒜海岸の手前にある宮戸島なんて何の防御もなく壊滅したことは容易に想像できました。

復興は本当に長い道のりになりそうです。
駅は街のシンボルでもありますから、
鉄道の開通が気分的にも第一歩になるかな。
2011/04/22 23:33|奥松島TB:0CM:0

被災地空中写真(東松島市宮戸島)

MiyatoJima.jpg今回の東日本大震災では国土地理院のサイトで被災地の空中写真が公開されておりましたが、本土中心で島部の状況がなかなか分かりませんでした。

3月19日撮影分が公開され、その中に宮戸島(宮城県東松島市)が写っていました。

細かい部分までは判別できませんが、大体の状況はわかると思います。
写真:国土地理院

★平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震による被災地の空中写真

↓各集落の状況を見てみました

▽続きを読む▽
2011/03/23 06:11|奥松島TB:0CM:0

東松島市の被災状況は・・(東日本大震災)

今回の東北地方太平洋沖地震では岩手県から茨城県にかけて津波の被害が甚大だったようです。
大きな集落の被害はTVで連日放映されていますが、
小さな集落の被災状況や安否情報はいまだにわかっていません。

私の親族が多く住んでいる東松島市の被害状況を調べています。
野蒜地区、新東名地区、宮戸島に親族がおります。
野蒜地区は壊滅状態で野蒜駅付近で列車も流されました。
避難所の野蒜小学校も津波に襲われ、体育館で多くの遺体が発見されたそうです。
命がけで逃れた避難先で津波に飲まれる悲惨な状況が現実に起こったのです。

航空写真が公開されており、本土についてはある程度状況がわかりました。
しかし、孤立している宮戸地区については情報がほとんどありません。
航空写真も本土中心で宮戸島の入口までしか写っていません。
アジア航測のサイトには野蒜地区の上空ななめ写真があり、
右上にかろうじて室浜が写っておりますが、被害状況までは判別できません。

松島については松島湾最大の島である宮戸島が防波堤の役割を果たしたようで、泥水が浸水したものの建物の倒壊等の大きな被害はないようです。
それと対照的に石巻湾に面している東松島(奥松島)と宮戸島の被害が大きかったようです。

■被災地の空中写真(国土地理院)

●宮戸島入口付近の写真(国土地理院)
本土と宮戸島を繋ぐ唯一の橋である松ヶ島橋が崩壊しています。
嵯峨渓遊覧船乗り場の船も待合室も無くなっています。
島に渡ってすぐにあった嵯峨ビーチホテルが無くなっており、
基礎とひょうたん型のプールだけが残っています。
sagakei1.jpg

●昨年、宮戸に行った時の松ヶ島橋と嵯峨渓遊覧船乗り場
sagakei3.jpg sagakei2.jpg


▽続きを読む▽
2011/03/16 14:25|奥松島TB:0CM:18

奥松島和風旅館 『あけみ荘』

akemi_1.jpg今回泊まった宿は奥松島・宮戸島の大浜にある 【あけみ荘】 です。
ここに泊まるのは初めてです。土曜日ということもあって、昨年泊まった里浜の桜荘の予約が取れなかったので、他に奥松島で評判の良い宿をネットで探してここに決めました。
ここも漁師の宿ということで、料理に定評があるようです。


▽続きを読む▽
2010/03/27 23:57|奥松島TB:0CM:0

奥松島へ墓参り

100328n1.jpg親父の故郷である宮城県の奥松島(東松島市)に先祖の墓参りに行ってきました。
これで3年連続の墓参となりました。

昨年は東北道の事故渋滞で1時間ちょっとロスしたんだけど、そうそう事故も無いだろう・・と思い、昨年と同じ午前6時に出発しましたが・・・そう甘くはなかったです。


▽続きを読む▽
2010/03/27 23:36|奥松島TB:0CM:0

奥松島・里浜貝塚

satohama09b.jpg宮城県東松島市の宮戸島里浜地区には国史跡にも指定されている日本最大級の貝塚(里浜貝塚)があります。
縄文時代前期(約6800年前)から弥生時代中期にかけての集落跡で、保存状態の良い貝塚が広範囲に残っています。
「奥松島縄文村歴史資料館」に展示物などがありますが、最近 里浜が史跡公園として整備され、実物の貝塚を散策することができます。

里浜・・・
この周辺はいたるところに貝殻が散乱しています。
この海(松島湾)は縄文人が見た頃とほとんど変わっていないそうです。
satohama09a.jpg


▽続きを読む▽
2009/04/06 23:30|奥松島TB:0CM:0

漁師の宿 【民宿 桜荘】

今回の宿は奥松島(宮城県東松島市)宮戸島・里浜地区にある『民宿 桜荘』 です。
“漁師の宿” ということで、新鮮な海の幸が安価で堪能できると定評があります。
ネット上での評判も良いので、一度泊まってみたいと思っておりました。

宿までの道が狭いことも有名だそうですが、昨年「蛤浜」に行くときに通ったことがあるので、どんな状況かは知っていました。桜荘入口の道へ入るとさらに狭くなります。でもデトマソは小柄ですから余裕です。普通車サイズまでなら何とか入ります。ただ運転が慣れていない人は苦労するかもしれません。
sakuraso6.jpg sakuraso1.jpg

桜荘2階の廊下から見える松島湾の風景・・・
この周辺は日本最大級の里浜貝塚があり、この浜も史跡公園として整備されています。
sakuraso2.jpg

▽続きを読む▽
2009/04/05 23:50|奥松島TB:0CM:0

宮戸の桜井・・・

この宮戸島には桜井姓が非常に多いです。
桜荘に行く途中に『桜井酒店』とか『桜井電機商会』などがありました。
電機店は営業している雰囲気はありませんでしたけど・・・
昨年宿泊した 『大高森観光ホテル』 も主人が桜井さんでしたし、
今回泊まる 『桜荘』 も主人が桜井さんです。
Miyato_sakurai1.jpg Miyato_sakurai2.jpg

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2009/04/05 20:51|奥松島TB:0CM:0

高速値下げで宮城へ墓参・・

昨年に続き宮城県の東松島市へ先祖の墓参りに行きました。
本当はお彼岸の3月20日を予定してたんですけど、1週間後に高速道路の値下げが始まるということで半月ほど延期した次第です。
首都高速は土曜日は対象外なので、外環道の大泉ICまで環8でトコトコ走りました。
川口JCTから東北自動車道に入って間もなく、加須IC付近で起きた事故で大渋滞に巻き込まれました。
サンデードライバーが高速に殺到するので、懸念されていたとおりの事故です。
090404N1.jpg 090404N2.jpg
追越車線での追突事故のようです。
しかし、事故現場を過ぎてもまだ渋滞は続くわけで・・・

▽続きを読む▽
2009/04/04 22:00|奥松島TB:0CM:0

野蒜海岸 /宮戸島 その9

奥松島【野蒜海岸】
●3月21日 13:30~

080321n63.jpg宮戸島を離れ横浜に帰るわけですが、最後にデトマソ君に野蒜海岸を見せてやろうと思い、嵯峨渓遊覧船乗り場の先までやってきました。
あれっ! 何か変!・・
この先は海じゃなかったっけ?

向こう側は宮戸島の二本松鼻というところなんだけど・・歩いて行くことができます。
野蒜海岸と繋がって完全に陸続きになってました。
(この南側には遊覧船や潜ヶ浦の漁船が出入りする水路はあるんだけど・・)
確かに前回来たときは海でした。
陸繫島ですから時が経てば砂州で繋がってしまうのが自然ですけどね。
080321n66.jpg 080321n67.jpg




▽続きを読む▽
2008/03/27 03:39|奥松島TB:0CM:0

壮観・大高森 /宮戸島 その8

奥松島・宮戸島 【大高森】
●3月21日 11:00~
080321n51.jpg最後に大高森に登りました。
松島四大観の一つだそうですが、ここの眺望がナンバー1らしいです。100mちょっとの山で、頂上まで約15分です。大高森観光ホテルの前にある登り口から登りました。5台ほどの駐車場があります。もう一つ歴史資料館前の南側登り口には20台ほどの駐車場があります。

■松島湾(西側)の眺め・・・
天気が薄曇だったのが残念でしたが、
昨日の予報では午前中雨だったのでラッキーでした。
360度の眺望はまさに壮観でした。
右下に宿泊した大高森観光ホテルも見えます。
080321n41.jpg

■野蒜海岸(北側)の眺め・・・
鳴瀬川から広がる野蒜海岸と奥松島パークラインがよく見えます。
宮戸島が本来は陸繫島であることがよくわかります。
080321n42.jpg


▽続きを読む▽
2008/03/26 01:00|奥松島TB:0CM:0

蛤浜/ 宮戸島 その7

奥松島・宮戸島 【蛤浜】
●3月21日 10:30~
里浜地区の近くにある蛤浜(はまぐりはま)に行ってみました。
ここは宮戸島に4つ指定されている海水浴場の一つです。
他の3つ(室浜・大浜・月浜)と違うところは、周囲に民家が一軒も無いことです。
山を越えた奥地にひっそりとあります。
080321n32.jpg

080321n31.jpg
向いは寒風沢島です。
4つの海水浴場のなかでは一番波が穏やか・・・というか波が全然ありません。
広い砂地にある水溜りみたいな感じです。
かなり浅そうなので、幼児の水遊びには最適だと思います。
蛤浜という名のとおり、砂目の遠浅でいかにも蛤が居そうです。
漁業として獲るほどでは無いらしいが、現在も生息しているそうです。

▽続きを読む▽
2008/03/25 01:45|奥松島TB:0CM:0

里浜/ 宮戸島 その6

奥松島・宮戸島 【里浜】
●3月21日 10:15~
080321n21.jpg野蒜から宮戸島に入って最初の集落です。
里浜という浜があるのか・・?
昔はあったのか・・?
或いはこの地区の通称名なのかよく分かりません。集落の中心地が『里』という地名にはなってますが・・。

080321n22.jpg縄文村歴史資料館・・
里浜地区には全国でも最大規模の貝塚があります。地形的に見ても小規模な干潟や遠浅の砂地が点在しており、いかにも貝類が生息していそうです。
縄文時代前期から弥生時代初めまでの約4千年間の遺跡も点在しています。
☆奥松島縄文村歴史資料館HP

080321n23.jpg里浦・・
縄文村資料館の所を入って突き当たりを右に入ったところです。
里浦という入江で、天然の漁港になってます。
宿泊した大高森ホテルの対岸になるとことです。


▽続きを読む▽
2008/03/25 01:30|奥松島TB:0CM:0

月浜 /宮戸島 その5

奥松島・宮戸島 【月浜】
●3月21日 9:50~
080321n11.jpg次は大浜の隣にある月浜に行ってみました。
ここもなかなかの景色です。
小じんまりとした浜ですが、
宮戸島のなかでは民宿の数が最も多い集落です。

海岸線の長さは短いですが、砂浜の奥行きはそこそこあります。
波も穏やかで、小さい子供がいる家族連れに最適の海水浴場です。
漁港と砂浜が一体になっている感じです。
080321n14.jpg

080321n15.jpg


▽続きを読む▽
2008/03/24 01:00|奥松島TB:0CM:0

大浜/ 宮戸島 その4

奥松島・宮戸島 【大浜】
●3月21日 9:15~
080321n01.jpg21日 朝9時 宿をチェックアウトし、大浜へ行ってみました。
景色の美しい海水浴場です。
室浜に比べて海岸線の長さは短いですが、
砂浜の奥行きが広いです。
家族連れでの海水浴や浜辺のレジャーに最適です。

080321n03.jpg

080321n02.jpg

080321n04.jpg

■大浜の宿・・・ネットで宿泊予約ができます。

奥松島和風旅館 あけみ荘


海辺のペンション わんすてっぷ

▽続きを読む▽
2008/03/23 01:00|奥松島TB:0CM:0

小室/宮戸島 その3

奥松島・宮戸島 【小室】
●3月20日 15:30~
室浜から小さい山を越えると小室浜というのがありました(過去形)
今は埋め立てられて室浜漁港の一部になっていました。
下の写真のデトマソ君が停まっているところは以前は海の中でした。
komuro_3.jpg komuro_4.jpg

自分はこの小室浜が大好きでした。
室浜は波が高くて幼児には危険だから、おばあちゃんによく小室浜に連れてきてもらいました。
ここへ行くには“けもの道”みたいな道しかありませんでした。
地元の人しか知らないプライベートビーチみたいでした。
穏やかな入江で景色も素晴らしかった記憶があります。

cwl_c3.jpg小室の沖には小室崎という小さな岬があります。
20年ほど前、親族から送ってもらった小室崎の絵葉書をQSLカードにしています。

komurozaki_1.jpg現在の小室崎・・・
上のQSLカードとは反対側からの撮影です。
付け根に防波堤が建設され、美しかった景色は台無しです。
まあ地元の人々にとっては見慣れた景色よりも近くに漁港ができたほうが良いのかもしれませんけど・・・。



▽続きを読む▽
2008/03/22 00:45|奥松島TB:0CM:0

潜ヶ浦/宮戸島 その2

奥松島・宮戸島 【潜ヶ浦】
●3月20日 15:20~
080320n10.jpg室浜から山を越えたところにある潜ヶ浦(かつぎがうら)に行ってみました。
宮戸島の入口から続いている奥行きの長い入江で、天然の漁港になっています。明治政府が進めた野蒜築港(途中で頓挫)では大型船が入る外港になる予定でした。

ここに親父の船二隻置いているんだけど、船の数が多くて分からなかった。
この近くに嵯峨見台という展望スポットがあります。
今回は時間がなくて・・・そこもまたの機会に!
080320n11.jpg 080320n12.jpg


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2008/03/22 00:30|奥松島TB:0CM:0

室浜/宮戸島 その1

奥松島・宮戸島 【室浜】
●3月20日 15:00~
宮戸島には手前(野蒜駅方面)から
【里浜】 【月浜】 【大浜】 【室浜】という4つの集落があります。
今回はちょっとだけ見物してきました。

080320n01.jpg墓参りを終え 先ずは本家があり、
私の氏のルーツでもある室浜を訪問してみました。
本家は既に引っ越して誰も住んでいません。

以前は舗装されていないデコボコ道しかありませんでしたが、今は『奥松島パークライン』という観光用の道路が整備され、その終着地点が室浜です。


■室浜
33年ぶりに観る風景にちょっと感動!
記憶のままほとんど変わっていません。
いかにも漁師の村といった雰囲気です。
宮戸島に4つある海水浴場の中では最も大きい浜で約500mくらいあります。
他の海水浴場に比べて波が荒いので幼児には不向きかな?
室浜の先には日本三大渓の『嵯峨渓』があります。
080320n02.jpg
ここも桜井姓が非常に多く、集落全体が親族といった雰囲気です。
実際にどこまでが私の親戚なのかよく分かりません。
子供の頃、親父に連れられて20軒ほど挨拶回りに行きました。
その先々で千円ずつおこづかいを貰って、
あっという間に2万円超になった想い出があります。



▽続きを読む▽
2008/03/22 00:15|奥松島TB:0CM:0

大高森観光ホテル

東松島市の宮戸島には民宿が百件近くあります。
ホテルという名が付いている宿は3件のみです。
夏の海水浴シーズンになると浜辺の民宿は賑わうそうです。
今はオフシーズンですから、どこもひっそりしています。
室浜には親族が経営している民宿もありますが、
今回は父不在のお忍び旅みたいなものだから、
室浜以外の宿をネットで色々探しました。

N080321a.jpg今回の宿は里浜地区にある『大高森観光ホテル』にしました。
建物は昭和39年の創業当時のままで、見た目にもかなり古いです。
三陸の海の幸が味わえる食事が自慢の宿ということです。
なにより大高森登山口の目の前にあることが今回の決め手になりました。
今回は大高森コース(一泊2食付で税込10,500円)で予約しました。

歩くと床がギコギコ鳴るほど古いですが、景色はなかなかです。
展望風呂も海が見えて気に入りました。(女風呂のほうがさらに視界が良いようです)
大広間での夕食は好物の海の幸ばかりで大満足でした。
N080321c.jpg N080321d.jpg


▽続きを読む▽
2008/03/21 22:00|奥松島TB:0CM:0

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